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フィボナッチ比率を作るものは何ですか

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フィボナッチ比率を作るものは何ですか

#FREEUSHIKU と Save Immigrants Osaka 合同でTwitterスペースを開催。石橋みちひろ参議院議員をゲストにお招きし、5月10日 に野党5 党が共同提出した「入管法改正案」と「難民等保護法案」についてお話をお聞きしました。

以下はそのスペースの書き起こしです。 (2022年6月12日開催。 当日は「 # 入管法案のこと石橋みちひろ議員に聞いてみよう」というハッシュタグが使われました )

入管収容問題をはじめとする様々な問題に取り組む市民有志 フィボナッチ比率を作るものは何ですか 被収容者の方との収容所での面会、無期限収容廃止をもとめる署名、街頭アピール、収容所前呼びかけ、被 収容者への差し入れ、国会議員へのロビイングなどを行なっています。

Save Immigrants Osaka

石橋:参議院議員の石橋みちひろです。

#FREEUSHIKU(以下、FU)、Save Immigrants Osaka(以下、SIO) メンバー:フィボナッチ比率を作るものは何ですか ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

FU 長島:難民懇での石橋議員の入管庁とのやり取りは、厳しい中にも関係を作るのがお上手で、このような議員がいらしたのかという率直な感想をもちました。失礼ながらまだあまり知られていないところがあるかと思います。今日はよろしくお願いします。

去年政府与党が出した入管法改正案(改悪案)を市民と野党国会議員の力で追い込むことができました。 その時に野党5党が共同で提出した入管法改正案と難民等保護法案がありまして、今年の 5月にもそれが提出されています。 今日はその法案がどんなものなのか、その法案がもし通った時にどんな未来図が描けるか、そういった話を していきたいと思います。

石橋:一言で言うと、まっとうな国際基準スタンダードを実現するための法案です。 フィボナッチ比率を作るものは何ですか 裏返せば、現行の難民認定制度・入管収容制度は完全に国際スタンダードからみると人権侵害、国際法違反と批判されるようなものです。こういう状況をとにかく1日も早くなんとかしたい、まずは国際スタンダードにしていきたい、それを実現するための法案だ、というのがざっくりとした前提になります。

FU 長島:そもそも入管法という法律自体が1951年にできた古い法律なんですよね。 で、いろいろなところで歪みというかおかしなところがたくさんある。 昨年廃案になった改悪法については国会議員の中でも共有されていましたか?

石橋:この改悪案が提出される以前から政府と難民懇の議論を踏まえて心配していました。 政府案が提出される前から相当危険な案になる懸念が強いと言うことで、各政党会派にも共有させていただいて警鐘を鳴らしていたら、こんなもの出してきたのかと思うような代物だったので、すぐに委員の皆さんにもこの問題意識を共有いただきました。 その後は支援団体や関係団体の皆さんに声を上げていただき、多くの国会議員にも政府案の問題の深刻さが 共有されたと考えています。

FU 長島:政府案の一番問題だと思われる点はどこでしたか?

石橋:そもそも政府案がどういう背景で出てきたのかというと、大村の収容所で収容者が餓死する事件が起きたこ とです。 これは、収容施設内のひどい待遇や人権侵害により収容所の皆さんがストライキなど抗議をされていた中 で、残念ながら餓死をされた方がいたことが発覚して、その後入管庁が検討部会を立ち上げて議論を始めたんですけれども、彼らの発想は結局「どうやってこの収容施設にいる人たちを追い返すのか」というものでした。

去年出てきた政府案入管法の問題は、「送還停止効の例外措置」が 1 フィボナッチ比率を作るものは何ですか 番大きかったと思います。 実は、退去強制令書が出た多くの方々というのは自主的にお帰りになっています。 帰れない方というのは、帰れば命の問題に関わるような人たち。 しかし日本の難民認定制度ではそういった方々の在留が認められず、難民が認められない。 そういう中で、帰れない方々は帰るわけにいかないから帰れない。

現行法では難民申請中は送還されないという制度になっているわけですが、送還停止の例外措置を設けてしまうと、帰ったら本当に命が危ない方々まで送り帰されてしまう。 これは非常に深刻な問題で、国連が定めている規定にも違反する(*ノン・ルフールマン原則:生命や自由が 脅かされかねない人々を送還することを禁止する国際法上の原則)深刻な人権侵害問題です。 これは絶対に認めさせてはいけないということで問題提起をさせていただいた、というのが1番大きかったと思います。

FU 春日:与党政府案と野党案の姿勢の違いがよく分かりました。 大村で収容者の方が亡くなられたことが入管法改正案のきっかけなのに、政府側は「帰れと言っているのに 帰らなかった人が悪い」という被害者非難の考え方ですね 石橋議員のお話を伺って、野党案は「これ以上同じような事件を繰り返さないためにはどうすればいいの か」という考えで作っていたのだと言うことがよくわかりました。

FU 長島:与党改正案と野党案と比べてどの点が違うか、さらに詳しく聞かせてください

石橋:はい、膨大な法案なので何点か重要なポイントに絞って説明させていただきます。

まず、政府の難民認定難民保護の姿勢というのは、戦後間もない時代からの「入れない / 追い返す」という思想です。 現行の出入国管理制度の中に難民認定制度も含めてしまっていて、基本的には出入国「管理」なんですね。「管理行政」なんです。その管理行政の基本が「入れない」「帰ってもらう」という姿勢を一貫して貫いているがために、本来であれば国際的な基準で適切に保護すべき方々を保護せずに、日本独自の非常に狭い解釈で運用してきた。 その結果、本来なら当然保護すべき方々が日本の独自基準のもとで認定が降りない その根本を変えないと基本機能は変わらない。

これでは政府が「国際基準でやってます」 「基準を変えてます大丈夫」と言ったって、結局ブラックボックスのままですので私たちは、その基準を国際基準に設定した上で明確化して、入管庁から完全に切り離した第三者 による難民等保護委員会(独立行政委員会)を作ることを提案しています。国際的な基準に沿って運用される各国の迫害の実態をしっかりと理解する専門者有識者による委員会で、効率性 / 中立性 / 客観性のある難民認定の審査をしていくものです。 これが 2 つ目の大きな違いです。

例外的に、執行がどうしても不可避の場合は、明確に条件を付したうえで司法の判断を噛ませる。 現行の日本の制度では司法が全く関与せず、入管庁の人間の裁量で拘束もふくむ人権侵害ができてしまう。 例外的に収容する場合にも、司法の判断を噛ませ、同時に収容にも上限を設けるようにします。

ざっといま 3 点申し上げましたけれど、こういった点が根本的に政府案とはちがいます。 逆に言えば、僕らの言うような制度改革をしないと、これまで本当にひどい状況がつづいてきた難民認定・難民保護、収容制度は変えられないと思っています。 ぜひこれを実現すべく今後頑張っていきたいと思っているところです。

FU 長島:ここまで聞いて入管収容の問題や難民認定の率の低さをあまりご存じないかたはびっくりされてるのではないかと思うのですが、入管が全ての判断をしているということなんですよね。司法が入ってこなくて、第三者的機関もないと。難民認定から収容期間の設定まで、入管庁がすべてを担ってしまっている。これは他に例がないくらいまずいシステムだと思います。

SIO 鈴木:日本の難民認定率は他の国に比べて極端に少ないとなんとなく知っていたけれど、石橋さんのお話を聞い て、政府案の問題点と野党案が求める改善点が理解できました。その野党案の内容を反映させて国際基準にもっていくために市民がどういった行動していけばいいでしょうか?

石橋:今日はたくさんの方にスペースでお聴きいただいています。これを聴いてる方は関心をもっていたり、去年の入管法改正案の際に行動された方が多いと思います。 長年にわたって支援をされている市民の方々はよくご存知の通り、この問題はずっと存在した問題です。 国際的な基準に従って庇護申請者を保護してこれなかった。そして、ここ10 年で明らかに基準を厳しくして、追い返す方針を徹底するようになった。でも世間にはなかなか知っていただけてなかった。 それで放置されてきたことが、政府がいいようにやる状態を長らえてしまったと思っているんです。

さきほどウィシュマさんの話をさせていただきましたが、ウィシュマさんのケースが一回目ではないんです。 この何年もの間で17人が亡くなっている。中には自ら命を絶った方もおられる。12 年間国会活動をする中で収容問題について取り上げさせていただきましたが、牛久(*東日本入国管理センター)でも残念ながら何人も亡くなられていて、その度に入管を追求してきました。 けれども、残念ながら入管の報告書は中身や対応策のないもので、結局はこういったことが続いてきてしまった。

FU 春日:野党案は、支援をするなかで「なんでこうじゃないんだ」と当事者から言われていたことがひとつひとつクリアできるような案になっていると思います。

石橋:このアムネスティの件は非常に大事なポイントで、法案を議論していたときにいろんな検討をさせていただ いたのですが、法制局といろんな議論をした際に、いわゆるオーバーステイ(在留資格が切れた状態)の人 については、アムネスティ(在留資格の正規化)をしておかないとオーバーステイの罪はずっと残ってしま うと指摘を受けたのです。 どうやってこれをクリアするかと考えたときに、色々な手法がある中で、一旦アムネスティでオーバーステ イの問題を消しておこうということで議論をさせていただいた。 ご指摘いただいた通り、きちんと在留資格を得ていただいて、それで就労が可能になったり、いろんな支援 を受けたりしていただく。これもひとつの大きなポイントであろうかと思います。

FU 春日:2022年版のものは 2021年版よりブラッシュアップされていると伺いました。具体的にはどの部分が変わったのでしょうか?

石橋:昨年、法案を提出した後にウィシュマさんの事件がおこってしまって、その後いくつか支援団体、弁護団の 方々と話をしました。その中でわれわれの法案もブラッシュアップする必要があるのではないかと提案を受けたんですね。一緒に法案を作らせていただいたみなさんからの建設的なご指摘を真摯に受け止め、政府案廃案以降にもう一度議論をし、何点かブラッシュアップをして再提出しました。

FU 春日:前回の野党案に比べ、より取りこぼしがないようになっているということですね。

石橋::はい。これはわれわれの強みなんですが、一貫して支援者や弁護団の話を聞いて、現場の状況を踏まえた問 題提起を検討して盛り込んで、本来保護されるべき人が取りこぼされることがないようにしています。 補完的保護が必要な方々にも積極的に在留を認めていこうとする考えです。

FU 春日:立憲民主の「誰一人取り残さない社会」という理念が反映されているのがとてもよくわかります。

FU 長島:入管法廃案の過程で市民とのつながりが強まったという意識はありますか?

石橋:みなさんの怒りや問題意識の高まりに後押しをいただき、最終的に廃案に追い込みました。 われわれは入口段階から、現行の不条理について市民支援団体の声をお聞きして進めてきていたけれど、昨年の廃案に追い込む中でより連携協力体制が深まったということを実感しました。すごくいいやりとりをさせていただきました。市民の方々にプロセスに参画していただいたことは非常に大きかったと思います。

FU 長島:先程お話しにあった「アムネスティ」は在留資格を失った人に在留資格を復活させることですが、 日本はこれまでアムネスティの取り組みを全然してきていない?

石橋:そうなんです。現行制度はオーバーステイしたものをあたかも罪人であるかのように扱っています。 「罪人は罪人として」というスタンスを続けてきたこと、本来あるべき対応をしてこなかったことは大きな問題です。

FU 長島:難民懇では、入管法改悪案や(名古屋入管で亡くなられた)ウィシュマさんのことなどを国会の外で扱っていました。市民はその中で入管庁の「異常な」頑なさや隠蔽体質を見てきました。

FU 髙木:難民懇にきた入管庁職員には、まるで「ロボット」のような印象をもちました。

石橋:この 12 年間、さまざまな深刻な問題について各省庁とやりとりして、こういった経験は積んできてるんですね。かれらはやっぱりこれまでやってきたことを守りたい、正しいと信じ込んでいて、組織を守り抜くという姿勢がある。

SIO PAN:政府案と野党案は明らかに違い、野党案は人権基準で新しいビジョンを示しているんですね。 就労についてはどのように考えていらっしゃいますか?

石橋:原則収容せず、在留資格を得ていただくので、就労はできる設計になっています。 司法をかませて、やむを得ない判断とされたときにだけ収容する形になります。 判断を待つ間も就労可能に拡大する考えで案を出しています。 正式な難民認定が出る前も就労可能にする案なので、そこも政府案との大きな違いかなと思います。

FU 長島:選挙のあとに政府による入管法改正案が出てくることはほぼ確定だと言われていますね。野党案についてお聞きします。率直にいって、現在の国会の比率(野党の数)では通らないですが、それでもこれを提出することの意味について伺いたいです。

石橋:現実的に、数の力だけでいえば審議入りすら難しい状態です。 しかしこれによって、「本来あるべき姿」について考えてもらうことができます。 これが知られていない状態だと現行制度を元にパッチワーク的な議論をするしかありません。 そもそもの前提がまちがっているので、ぼくらは国際的な真っ当な制度を提示することで、こういうやり方 が当たり前だというのをわかってもらい、議論していただく、そのひとつのきっかけになると考えています。 野党案を題材に議論していただき、問題を共有していただきたいです。 今後もしも政府からとんでもない案が出てきたときに、客観的に判断するための材料としてつかってもらえる、そしてこの野党案が政府へのプレッシャーになる、そういう意義があると考えてます。

FU 春日:「野党は批判ばかりで対案を出さない」 などと揶揄されることがありますが、この野党案のように「実際に(対案を)出してるよ」と言えるのは強いですね。

FU 長島:未来図があると伝えていけるのは大事ですね そこが市民と議員で一致しているのはとてもいいなと思います。

FU フィボナッチ比率を作るものは何ですか 春日: 現在野党からは移民政策に関連した法案が三つ出ていますが、どれも欠かすことのできない内容だと思います。衆院で提出された「多文化共生社会基本法案」、参院に提出された「難民等保護法案」と「入管法改正案」です。衆院で提出された多文化共生社会基本法案についてはどのようにお考えですか?

石橋:この「多文化共生基本法」ですが. じつはこれも僕が関わって作っています。 これまで党の中で責任者を務めてきた「多文化共生を考えるプロジェクトチーム」の座長をしてきたんです が、そこでずっと議論してきたんですね。

提出した法案の三つの柱は「セット」だと考えています。 今日は難民についての話ですが、難民の問題だけでなく外国人の方々への基本的な姿勢に問題があって、そ れは技能実習制度の問題であったりもして、重大な人権侵害として勧告を受けたりしている。 外国人の皆さんの人権を尊重していくために、三本の柱で議論してきたんです。

今回、多文化共生社会基本法案を提出させていただきましたが、すでに日本には多くの外国人労働者生活者 の方々がおられます。 しかし、これまできちんとした権利の保護や、生活の確保、子供たちの教育の保護などの「国としての対応」がとられて来ませんでした。 これをやらないと、日本での人権侵害はなくならないし国際的な批判も受け続けます。 あるべき日本社会の姿を追及することもできません。

なので、まず僕らは多文化共生社会を最初に検討しました。 そしてこれを基盤に外国人の方々の就労制度・雇用制度のあり方を考え直すと、技能実習制度はやはり立ち行きません。 根本的な欠陥があるのでこれを廃止して、外国人労働者の方々に関しては労働者としての権利が守られる状 態で安心して就労していただこうということで、外国人労働者の「雇用就労法案」というのも今準備しています。ちゃんとした雇用就労制度を設けて労働者としてきていただけるようになれば、経済目的での難民申請を大きく減らすこともできます。

そういった点を踏まえて、僕らは外国人労働者の雇用制度を合わせて3つの法案を出しています。3 点セットで進めていくことで、恥ずかしくない難民認定制度を進めていくと同時に、安心して外国の方々に来ていただき日本の社会や経済を担っていただける体制を作っていけると思っています。 現在はこの三本セットを実現するために取り組みをさせていただいているところです。

FU 春日:よく分かりました。「三本柱で」というお話をお聞きできてよかったです。

石橋:特定技能を作った時の入管法の議論の時(2018年)に、これはなし崩しにやるのではなく多文化共生社会を実現する制度の方を先行してやるべきだと国会本 会議で強く訴えていました。 もっと以前の技能実習制度の政府案のときにも、「制度の適正化を図らないままに実習生の数だけどんどん 増やすと、人権侵害の拡大が懸念される」と論陣を張らせていただきました。 ずっと抜本的な改革を求めてきましたが、政府がやらないのならば、僕らがそれに先んじて提案させていた だこうと考えて準備をさせていただいたという経緯があります。

FU 髙木:今後「ウクライナからきた避難民のためには与党案を成立させるべき」というロジックが展開されると予想されますが、それに対してどのように野党案をアピールしていくのがいいでしょうか?

石橋:現在、ウクライナでの戦争で多くの方々が難民として各国に逃れてきています 国際社会と連携して保護することが重要だと考えていますが、政府はこの期に乗じて入管法改悪案を進めようとしています。

これまで日本政府は補完的保護を求める人たち(* 戦争から逃れてきた人たち)を難民とは認めてこなかったんですね。 アフガニスタンしかりシリアしかり、昨年来ミャンマーしかり、「難民条約上の該当性がない」として難民 ではないといってきた。「政府案が成立していればウクライナ避難民も適切に保護できる(できていた)」という主張は、「ためにする議論」ではないかと指摘されています。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は戦争 / 紛争 / 内乱地域の迫害を受けている人も難民および補完的保護対象者として適切に保護するよう求めています。 野党案では、その人々も明確にその対象となる建て付けとなっています。

コンドルセの陪審定理

コンドルセの陪審定理というのは、多数決に関する一つの法則です。 多数決というのは、選挙でも使われますし、議事の議決にも使われますが、要するに、大勢の人がみんなで物事を決めるための方法です。みんなの利害に影響するような役割の人を選ぶとか、みんなの利害に影響するようなルールを決めるとか。 そういう場合に、人でもルールでも同じですが、一番多くの人が選んだ選択肢を採用する、というのが多数決です。 多数決は、大勢で物事を決める際によく使われますが、なぜこんなによく使われるのでしょうか? この方法が最善だという保証はあるのでしょうか? もっといい方法があるのでは? といった疑問を持つ人も当然いるでしょう。 多数決については、主に社会選択理論という分野で研究されてきました。アローの不可能性定理とかセンのリベラルパラドックスといった言葉を聞いたことがある人もいると思います。 このような理論では、だいたい、人はみな自分が何を求めているかを知っている、ということを前提としていました(=選好/効用がわかっている)。でも、利害関係者がたくさんいる場合、みんなが同じことを求めているとは限りませんよね。利害が対立するとか、価値観自体か異なるといったことも珍しくありません。 そのような場合に、みんなが満足するような選択ができるか? できるとすればどのような方法で? ということが主に研究されてきたようです。そして結局、原理的にそのような選択はできないという皮肉が結論が出されたりもしました。 でも、コンドルセの陪審定理では、こういう理論とは前提がまったく違い、人はみな自分が何を求めているかよくわかってない、ということを前提としています。 ただし、だからといって何を選んでもよいというわけではなく、最善の選択(今風に言えば「正解」)は存在するとします。でも、その「正解」は実際に選んでみないとわからない、という設定です。 この方が現代人にとってはリアリティがあるんじゃないでしょうか? 現代はポピュリズムの時代だとよく言われますが、ポピュリズムとは要するに、自分でよかれと思って選んだ選択肢が、かえって自分の首を絞めるという現象ですから、人は自分が何を本当に求めているか実はわかってないのかも、ということになりますよね。 コンドルセさんというのは、フランス革命期の人です。つまり、ヨーロッパで古代ギリシア・ローマ以来久しぶりに共和政が台頭した時期の人です。 (余談ですが、コンドルセさんが亡くなったのはあの1794年です。つまり、恐怖政治やテルミドールでラボアジェをはじめとする大勢の人が処刑されたあの年です。ただし、死因は処刑ではなく自殺です。) 当時はサン・キュロットのような必ずしも教育程度の高くない人たちまで政治に参加させることを議論していた時期でしたから、コンドルセさんが、自分が何を求めているかよくわからない人が投票したらどうなるか? という問題設定をした理由もなんとなく想像がつきますよね。 その一方、コンドルセさんの問題設定では、個人同士の利己的な利害の対立、というものはあまり問題にしていません。個人の求めるものは常にみんなの求めるものと一致する、あるいは、個人は選択肢を選ぶ際に個人の利己的な利害よりも公共の福祉を優先する、ということを前提としています。言い換えれば、コンドルセさんの問題設定では、個人はルソーさんの言う一般意思を体現している、と言えるかもしれません。ただ、その「正解」をあらかじめ確実に知っている人は誰もいない、というだけです。 このような問題設定から、コンドルセさんが導き出した結論は、ちょっと意外なものでした。それは、何が「正解」かみんなよくわかってなくても、大勢で多数決をとれば、ほぼ確実に「正解」になる、というものです。これって結構すごくないですか? 肉体労働なら、大勢の人が協力するほど大きな仕事ができる、というのもわかります。一人では持ち上げられない重い物でも、大勢いれば持ち上げられる、とか。 でも、知的労働の場合、大勢いればいいってもんじゃねえよ、というのはわりと常識的な感覚でしょう。「船頭多くして船山に上る」なんて格言もありますし。(その逆の「三人寄れば文殊の知恵」という格言もありますが)。 でも、コンドルセさんによると、一人一人は何が「正解」かよくわかってなくても、大勢で多数決をとれば、だいたい「正解」になると言うんです。 そのカラクリを視覚化したのがこのアプレットです。 このアプレットは、スライダーを適当に操作しながらグラフがどう変化するかを観察するだけで、陪審定理のカラクリが直観的に理解できるように作られています。適当にいじっても壊れたりしないはずなので、自信のある人は、とりあえずいじってみてください。 見ただけじゃよくわからないという人も安心してください。以下アプレットの操作方法・グラフの見方を順を追って説明します。

操作方法 ワークシートを始めるにはEnter キーを押してください。

  1. 投票者の数
  2. 個人が正しい選択をする確率
  3. 多数決で正しい選択をする確率

グラフの見方

グラフの見方 ワークシートを始めるにはEnter キーを押してください。

投票者数が2人の場合、正しい選択をした人の数は 0, 1, 2 人の三通りの可能性がありますが、上のグラフの三本の棒がそれぞれの場合に対応しています。 正しい選択をした人数が 0 人の場合、その比率は 。これは 1 人目も 2 人目も誤った選択をしたということになるので、その確率は になります。 正しい選択をした人数が 1 人の場合、その比率は 。これは 1 人目が正しい選択をし 2 人目が誤った選択をしたか、もしくは、1 人目が謝った選択をし 2 人目が正しい選択をしたということなので、その確率は になります。 正しい選択をした人数が 2 人の場合には、その比率は 。これは 1 人目も 2 人目も誤った選択をしたということなので、その確率は になります。 これをまとめると以下のようになります。
人数比率確率
000.25
10.50.5
210.25
この数値が上のグラフと対応していることを確認してみてください。 (確率に詳しい人のための注意:この分布は連続分布ではなく離散分布なので、棒の面積ではなく高さだけが確率に対応していることに注意してください! このアプレットでは棒の幅が投票者数に応じて狭くなったり広くなったりしますが、これは同じ範囲に違う数の棒を表示するための苦肉の策です。詳しい人にはかえってまぎらわしいかもしれませんがご容赦ください。正規分布近似でもほぼ同じ結論を出せることは重々承知ですが、このアプレットでは初学者にもわかりやすいように、あえて離散分布で表現することにこだわってみました。) グラフの中央にある縦線は、過半数の比率 0.5 を示す線です。ですから、この線より右にある棒の高さを合計したものが、多数決で正しい選択肢が選ばれる確率、この線より左にある棒の高さを合計したものが、多数決で誤った選択肢が選ばれる確率です。 このアプレットでは、正しい選択肢が選ばれる場合に対応する棒を青色で、誤った選択肢が選ばれる場合に対応する棒を赤色で描画しています。 (0.5 ぴったりの場合は、多数決で正しい選択肢が選ばれたとみなしていますが、これは便宜的なルールで、反対に選ばれなかったとみなしたとしても、全体の結論は変わりません)。 この上のグラフの分布から計算された、「多数決で正しい選択をする確率」と「多数決で誤った選択をする確率」が、下のグラフにプロットされます。 つまり、下のグラフの青色の「多数決で正しい選択をする確率」の左下にある「 ● 」が、上のグラフの過半数より右にある青色の棒の高さを合計した値(この場合は フィボナッチ比率を作るものは何ですか )の高さにプロットされ、赤色の「多数決で誤った選択をする確率」の左下にある「 ● 」が、上のグラフの過半数より左にある赤色の棒の高さを合計した値(この場合は )の高さにプロットされます。 このプロットは、投票者数を変化させても軌跡として残るので、投票者数を変化させながら下半分のグラフを見れば、投票者数と多数決の結果との関係が一目でわかるようになっています。

多数決がうまくいく仕組み

さて、アプレットの操作方法とグラフの見方がわかったところで、投票者数と多数決の結果の関係を具体的に見ていきましょう。 「個人が正しい選択をする確率」を 0.6 にし、投票者の数を少しだけ増やして 10 人にすると、グラフは下のようになります。

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投票者の数が 10 人になったので、正しい選択をする人の数も 0~10 人になり、それに対応する 11 本の棒が描画されています。 それぞれの棒の高さは、上と同じように計算できますので、根性のある人は計算してみてください。 さてこの場合、先の分布と比べると、分布の山のてっぺんが中央より右に移動して、ちょうど 0.6 のところにきているのがわかりますね? これは偶然ではなく、個人が正しい選択をする確率が 0.6 で投票者が 10 人いれば、正しい選択をする人の数は平均で 人になる、という常識的な法則に対応しています。 でも、だからといって、必ず 6 人になるわけではなくて、0~5 人になることも 7~10 人になることもあります。ただ、その確率は 6 人から離れるほど小さくなります。 つまり、分布のヒストグラムは、必ず「個人が正しい選択をする確率」と同じ比率を中心とする山形になります。これは重要なポイントなので忘れないでください。 では、さらに「投票者の数」を増やして、20 人にしてみましょう。グラフは下のようになります。

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分布の山のてっぺんの位置はそのままですが、山の裾が短くなったことにお気づきでしょうか? このように、投票者の数を増やすと、分布の山のてっぺんの位置はそのままで、裾だけが短くなるというのが、陪審定理のカラクリの肝です。 さらに投票者の数を 100 人にまで増やすと、こうなります。

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裾が短くなりすぎて、過半数ラインよりも左側の赤色の部分がほとんどなくなり、ほぼ青色の部分だけになってしまいましたよね。 下のグラフにプロットされた、多数決で正しい/誤った選択をする確率も、ほぼ 1 と 0 になりました。 このように、投票者数を増やせば増やすほど分布の山の裾が短くなる現象は、大数の法則によるものです。この法則は有名なので、みなさんも名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。 要するに、コンドルセの陪審定理のカラクリとは、

なぜうまくいかないことがあるのか

とは言っても、現実の多数決ですべて最善の選択ができているとも思えません。こんな定理まであるというのに、なぜ多数決がうまくいかないことがあるのでしょうか? 陪審定理の主張自体は、論理的必然なので、ほぼ否定の余地はありません。一定の前提条件から論理だけで導けるからこそ定理という名前がついているわけで、そこが物理法則や社会法則と違うところです。発表から200年以上もたっているのですから、純論理的な誤りがあれば、誰かが気づいているでしょう。 ですから、もしこの定理通りにならないとすれば、前提条件に現実の状況と合わないところがある、ということになります。 そのような現実との不一致として代表的なのは、以下のようなものです。

身も蓋もありませんが、「確率が限りなく 1 に近づく」などと言っても、ぴったり 1 になるわけではないので、誤った選択肢の方が選ばれてしまう確率はゼロではありません。確率ゼロでない以上、運悪くたまたま誤った選択肢が選ばれることはあり得ます。宝くじだって当たる人がいるのと同じことです。 トランプ政権が誕生したときに、世論調査の予想が外れた、と喧伝されましたが、選挙予想のグルと呼ばれるネイト・シルバーによると、世論調査から予想されるトランプ当選の確率は 3 割程度であって、もちろん大きくはないが、あり得ないほど小さいわけでもなかったそうです。つまり、天気予報の降雨確率が 30% だったのに雨が降った程度の出来事だった、ということになります。 こういう小さい確率の出来事が起こってしまうリスクをどう扱うか、というのもなかなか興味深いテーマですが、ここでは他に譲ります。

・選択肢がない

多数決は、選択肢さえ用意できれば、その中からよりマシな選択肢を選べます。陪審定理がそれを保証してくれます。 でも、そもそも選択肢が存在しないときに、選択肢を生み出すことはできません。また、選択肢があったとしても、ロクな選択肢がない場合にもロクな選択はできません。 政治で言えば、そもそも法案が存在しない場合に多数決で法案を作ることはできないし、ロクな候補者が立候補していないときに優れた政治家を選ぶこともできません。 このような、そもそもマトモな法案や政治家が存在しないという問題も、すでにさんざ議論されているはずなので、他に譲ります。

・利己的な選択をしてしまう

これは冒頭で少し言及したように、陪審定理では利己的な利害対立(あるいは価値観の違い)を前提としていない、ということからくる問題です。 投票者が利己的な動機で選択肢を選べば、その選択は公共の福祉や一般意思とはかけ離れたものになる可能性があり、多数決をとったからと言って「正解」に収束する可能性は遠のきます。 この問題についても、利権政治とか地域エゴとか言って、すでにさんざ議論されてるはずなので、他に譲ります。

・投票者の数が足りない

陪審定理によると、投票者の数を増やせば増やすほど、多数決で正しい選択をする確率が 1 に近づくわけですが、逆に考えれば、投票者の数が少ないと、多数決で誤った選択をする可能性も結構ある、ということでもあります。 陪審定理は、投票者の数を「無限」に大きくすれば確率は 1 になることを教えてくれますが、現実には「無限」に大きくすることなどできないので、100 とか 10000 とか有限の範囲で大きくすることになります。その場合、確率はぴったり 1 にはならないわけですが、じゃあどの程度 フィボナッチ比率を作るものは何ですか 1 に近づくか、ということは、この定理だけではまったくわかりません。 「投票者の数を無限に増やすと確率は限りなく 1 に近づく」という表現は、数学で「極限」を表すために使われる常套的な表現ですが、一つ欠点があります。それは、一口に「近づく」と言っても、実際にいろんな近づき方があって(=収束の速さ)、早く近づくこともあれば遅く近づくこともあるのに、全部一緒くたにされてしまう、ということです。 つまり、このような極限を記述する言い回しは、現象の静的・定性的な側面だけに着目し、動的・定量的な側面を隠してしまうところがあります(もちろん、それはそれで便利なところもあるから常套句になっているのですが)。そこで改めて、「近づき方」を定量的に表す方法を考えてみましょう。 この記事では今まで、分布の山の裾が短くなる、という漠然とした言葉で表現してきましたが、この「裾の長さ」とはなんでしょうか? この分布の裾は、一見短くなってるように見えますが、実は 0~1 の間に薄くひろがっています。ただ、端の方が極端に薄くなっているので、確率としてはほとんどゼロに近くなっているだけなのです。だとすると、いったいどこからどこまでが「裾」なのでしょうか? こういう分布の裾の長さを表す尺度として、数学者は標準偏差というものを考えました。これは直感的な裾の長さと完全に一致するわけではありませんが、いろいろ便利な性質があります。 たとえば、分布が正規分布なら、平均から標準偏差±1 倍の範囲に分布全体の 68% が、標準偏差の±2 倍の範囲には分布全体の 95% が含まれることが数学的に証明されています。 このグラフの分布は、実は数学的には二項分布と呼ばれるものですが、二項分布は正規分布で近似できるので、標準偏差に関してはこれとほぼ同じことが成り立ちます。つまり、標準偏差がある意味この分布の山の裾の長さを表していると見なすことができます。 二項分布の標準偏差は、という公式で計算できます。陪審定理の場合、n は「投票者の数」に、p は「個人が正しい選択をする確率」に相当します。ただし、二項分布では、横軸は正しい選択をした人の数そのものなんですが、上のグラフでは、それを投票者の数で割って、全投票者数中の正しい選択をした人の比率に直しています。 ですから、上のグラフの「山の裾の長さ」は、これをさらに n で割ったになります。この式を変形して n の項と p の項を分けますと、になります。 つまり、分布の「山の裾の長さ」は「投票者の数」の平方根に反比例する、ということになります。 もっと具体的に言うと、「山の裾の長さ」をにしようと思ったら、( なので)「投票者の数」を 100 倍に、「山の裾の長さ」をにしようと思ったら、(なので)「投票者の数」を 10000 倍にしなくてはならない、ということです。 つまり、投票者の数を 1 人から 10 人に増やせば、多数決で正しい選択をする確率は相当改善しますが、さらに同じぐらい改善しようと思ったら 20 人でなく 100 人まで増やさなければならず、さらに同じぐらい改善しようと思ったら 200 人でなく 10000 人まで増やさなくてはなりません。投票者の数は桁単位でガバッと増やさなくては効果がなく、チマチマ増やしてもあまり意味はない、というのは意外と重要なことです。 言い換えれば、誤差を 1 桁小さくしようと思ったら、サンプルサイズを 2 桁大きくしなくてはならない、ということです。これは実は、二項分布だけでなく正規分布をはじめとするいろんな確率分布に当てはまる法則で、世論調査の精度を大雑把に見積もったりするときにも役立つので、覚えておくとよいでしょう。

・独立性が足りない

これはちょっと分かりにくいかもしれませんが、結構重要な問題だと思います。 実は、上で説明したような、投票者の数が増えるとだんだんゆらぎが小さくなるというカラクリには、「独立性」という前提が潜んでいます。 「独立性」とは、出来事同士が互いの確率に影響を与えない、ということです。 たとえば、サイコロを 2 回振っても、1 回目に出た目は 2 回目に出た目に影響を与えないはずなので、サイコロを振るという出来事は互いに「独立」だと言えます。 逆に、なんでもいいですが、たとえば風邪を引けば会社や学校を休む人が多くなるはずなので、風邪をひくという出来事と欠席するという出来事は互いに「独立」ではありません。 「独立性」は数学的には、条件付き確率を使って定義されます。 たとえば、A という出来事と B という出来事が単独で起こる確率がどちらも 9 割の場合、A と B が同時に起こる確率が になるなら、A と B は互いに独立です。 逆に、A が起こったときには必ず B が起こるとすると、A と B が同時に起こる確率は でこれより大きくなりますし、A が起こったときに B が起こる確率が8割なら、A と B が同時に起こる確率は でこれより小さくなります。 このような場合には A と B は独立ではありません。 出来事の間に独立性がないと、大数の法則が成り立たなくなるので、上で説明した陪審定理のカラクリも成り立たなくなってしまいます。 では、陪審定理で想定しているような状況において、投票者の選択が互いに独立である、とはいったいどういうことなのでしょうか? サイコロの場合、そもそも出る目は人間の意志によって操作できないので、互いに独立であると考えるのは自然なことです。でも、投票の場合には、投票者の意志は情報にも影響されますし、環境とか体調とか感情とかいろんなものに影響されます。特に情報や環境は多くの人に共通しています。 それで投票者の選択が互いに独立なんてことがありえるのでしょうか? 選挙をイメージすると、いろんな影響が複雑でわかりにくいので、仮に「正しい選択肢」を当てる試験問題のようなものをイメージしてみましょう。 一人一人の生徒が正しい背景知識と正しい解法に基づいて自力で答えを出していれば、それをどこから教わろうが、それによって正解率自体が大きく変わることはないでしょう。どこから教わっても、「正解」自体が変わるわけではないからです。 でも、もし特定の教科書や先生だけが、間違った解答や解法を教えていたらどうでしょう。それを鵜呑みにした生徒のかなりの割合が、同じように誤った答えを選ぶでしょう。 あるいはもっと極端に、一部の生徒がカンニングしていて、そのカンペ自体が間違っていたとしたらどうでしょう? それを鵜呑みにした生徒はすべて、同じように誤った答えを選ぶでしょう。 そのような場合、正しい答えを選ぶ確率は、互いに「独立」にはならないはずです。 選挙でも同じことです。たとえば組織票のように、組織が一方的に投票先を決めて押し付けている場合、それが何万票・何億票あろうが、多数決の信頼性を高める陪審定理のカラクリにはまったく貢献しません。1票と同じことです。 あるいは、現代のSNSのように、特定のインフルエンサーに影響されて多くの人が投票した場合もそうです。インフルエンサーを鵜呑みにする度合いが大きければ大きいほど、投票者の選択の独立性は低くなり、多数決の信頼性に貢献する度合いも低くなるでしょう。

実は、陪審定理をそのまま現実の状況に適用できることは、そう多くありません。でも、この定理は一つの理念モデルとしての意味を持っており、政治制度や倫理を考える際に、いろんなヒントを与えてくれます。 たとえば、キャス・サンスティーン氏などは、自説の傍証としてしばしば陪審定理を援用しています("Infotopia: How Many Minds Produce Knowledge"、"A Constitution of Many Minds: Why the Founding Document Doesn't Mean What It Meant Before"、"Going to Extremes: How Like Minds Unite and Divide" など)。 個人的に重要だと思っているのは、最後に紹介した独立性の問題です。 現代ではどこの国でも政治的両極化が激しくなっており、フェイクニュースの問題などもあって、政治的対話自体が難しくなっていると言われています。 そのような状況において、他人に政治的な影響を与えることの意味、というものを一人一人が考え直す時期にきていると思います。 当たり前ですが、優秀な人ほど主観的には自分が正しいと思っており、自分が正しいと信じることを他人に押し付けて何が悪いと思っていたりします。 ですが、主観的な正しさは客観的な正しさを保証しませんし、陪審定理によれば、9割の確率で正しい選択をする優秀な人でも、5割そこそこでしか正しい選択ができない凡人の多数決より劣るのです。さらに、自分の意見の押し付けは、独立性を減らして多数決の信頼性を低下させてしまいます。 仮に他人に押し付けた選択が、真の「正解」だったとしても、それはその一回限りの偶然でしかなく、制度的に保証された結果ではありません。 極端に言えば、独裁者がたまたまいい政治をしたようなもので、運命の気まぐれでしかないのです。 このように「正解」を押し付けるだけが、正しい選択を促す方法ではありません。試験問題の例でもわかるように、正しい背景知識を広め、正しい問題の解き方を広め、一人一人が自力で「正解」を見つけられるようにしても、正しい選択が行われる確率を高めることができます。 しかもそれは一回限りの偶然ではなく、より制度的な強い基盤として根付くはずです

フィボナッチ比率を作るものは何ですか

#FREEUSHIKU と Save Immigrants Osaka 合同でTwitterスペースを開催。石橋みちひろ参議院議員をゲストにお招きし、5月10日 に野党5 党が共同提出した「入管法改正案」と「難民等保護法案」についてお話をお聞きしました。

以下はそのスペースの書き起こしです。 (2022年6月12日開催。 当日は「 # 入管法案のこと石橋みちひろ議員に聞いてみよう」というハッシュタグが使われました )

入管収容問題をはじめとする様々な問題に取り組む市民有志 被収容者の方との収容所での面会、無期限収容廃止をもとめる署名、街頭アピール、収容所前呼びかけ、被 収容者への差し入れ、国会議員へのロビイングなどを行なっています。

Save Immigrants Osaka

石橋:参議院議員の石橋みちひろです。

#FREEUSHIKU(以下、FU)、Save Immigrants Osaka(以下、SIO) メンバー: ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

FU 長島:難民懇での石橋議員の入管庁とのやり取りは、厳しい中にも関係を作るのがお上手で、このような議員がいらしたのかという率直な感想をもちました。失礼ながらまだあまり知られていないところがあるかと思います。今日はよろしくお願いします。

去年政府与党が出した入管法改正案(改悪案)を市民と野党国会議員の力で追い込むことができました。 その時に野党5党が共同で提出した入管法改正案と難民等保護法案がありまして、今年の 5月にもそれが提出されています。 今日はその法案がどんなものなのか、その法案がもし通った時にどんな未来図が描けるか、そういった話を していきたいと思います。

石橋:一言で言うと、まっとうな国際基準スタンダードを実現するための法案です。 裏返せば、現行の難民認定制度・入管収容制度は完全に国際スタンダードからみると人権侵害、国際法違反と批判されるようなものです。こういう状況をとにかく1日も早くなんとかしたい、まずは国際スタンダードにしていきたい、それを実現するための法案だ、というのがざっくりとした前提になります。

FU 長島:そもそも入管法という法律自体が1951年にできた古い法律なんですよね。 で、いろいろなところで歪みというかおかしなところがたくさんある。 昨年廃案になった改悪法については国会議員の中でも共有されていましたか?

石橋:この改悪案が提出される以前から政府と難民懇の議論を踏まえて心配していました。 政府案が提出される前から相当危険な案になる懸念が強いと言うことで、各政党会派にも共有させていただいて警鐘を鳴らしていたら、こんなもの出してきたのかと思うような代物だったので、すぐに委員の皆さんにもこの問題意識を共有いただきました。 その後は支援団体や関係団体の皆さんに声を上げていただき、多くの国会議員にも政府案の問題の深刻さが 共有されたと考えています。

FU 長島:政府案の一番問題だと思われる点はどこでしたか?

石橋:そもそも政府案がどういう背景で出てきたのかというと、大村の収容所で収容者が餓死する事件が起きたこ とです。 これは、収容施設内のひどい待遇や人権侵害により収容所の皆さんがストライキなど抗議をされていた中 で、残念ながら餓死をされた方がいたことが発覚して、その後入管庁が検討部会を立ち上げて議論を始めたんですけれども、彼らの発想は結局「どうやってこの収容施設にいる人たちを追い返すのか」というものでした。

去年出てきた政府案入管法の問題は、「送還停止効の例外措置」が 1 番大きかったと思います。 実は、退去強制令書が出た多くの方々というのは自主的にお帰りになっています。 帰れない方というのは、帰れば命の問題に関わるような人たち。 しかし日本の難民認定制度ではそういった方々の在留が認められず、難民が認められない。 そういう中で、帰れない方々は帰るわけにいかないから帰れない。

現行法では難民申請中は送還されないという制度になっているわけですが、送還停止の例外措置を設けてしまうと、帰ったら本当に命が危ない方々まで送り帰されてしまう。 これは非常に深刻な問題で、国連が定めている規定にも違反する(*ノン・ルフールマン原則:生命や自由が 脅かされかねない人々を送還することを禁止する国際法上の原則)深刻な人権侵害問題です。 これは絶対に認めさせてはいけないということで問題提起をさせていただいた、というのが1番大きかったと思います。

FU 春日:与党政府案と野党案の姿勢の違いがよく分かりました。 大村で収容者の方が亡くなられたことが入管法改正案のきっかけなのに、政府側は「帰れと言っているのに 帰らなかった人が悪い」という被害者非難の考え方ですね 石橋議員のお話を伺って、野党案は「これ以上同じような事件を繰り返さないためにはどうすればいいの か」という考えで作っていたのだと言うことがよくわかりました。

FU 長島:与党改正案と野党案と比べてどの点が違うか、さらに詳しく聞かせてください

石橋:はい、膨大な法案なので何点か重要なポイントに絞って説明させていただきます。

まず、政府の難民認定難民保護の姿勢というのは、戦後間もない時代からの「入れない / 追い返す」という思想です。 現行の出入国管理制度の中に難民認定制度も含めてしまっていて、基本的には出入国「管理」なんですね。「管理行政」なんです。その管理行政の基本が「入れない」「帰ってもらう」という姿勢を一貫して貫いているがために、本来であれば国際的な基準で適切に保護すべき方々を保護せずに、日本独自の非常に狭い解釈で運用してきた。 その結果、本来なら当然保護すべき方々が日本の独自基準のもとで認定が降りない その根本を変えないと基本機能は変わらない。

これでは政府が「国際基準でやってます」 「基準を変えてます大丈夫」と言ったって、結局ブラックボックスのままですので私たちは、その基準を国際基準に設定した上で明確化して、入管庁から完全に切り離した第三者 による難民等保護委員会(独立行政委員会)を作ることを提案しています。国際的な基準に沿って運用される各国の迫害の実態をしっかりと理解する専門者有識者による委員会で、効率性 / 中立性 / 客観性のある難民認定の審査をしていくものです。 これが 2 つ目の大きな違いです。

例外的に、執行がどうしても不可避の場合は、明確に条件を付したうえで司法の判断を噛ませる。 現行の日本の制度では司法が全く関与せず、入管庁の人間の裁量で拘束もふくむ人権侵害ができてしまう。 例外的に収容する場合にも、司法の判断を噛ませ、同時に収容にも上限を設けるようにします。

ざっといま 3 点申し上げましたけれど、こういった点が根本的に政府案とはちがいます。 逆に言えば、僕らの言うような制度改革をしないと、これまで本当にひどい状況がつづいてきた難民認定・難民保護、収容制度は変えられないと思っています。 ぜひこれを実現すべく今後頑張っていきたいと思っているところです。

FU 長島:ここまで聞いて入管収容の問題や難民認定の率の低さをあまりご存じないかたはびっくりされてるのではないかと思うのですが、入管が全ての判断をしているということなんですよね。司法が入ってこなくて、第三者的機関もないと。難民認定から収容期間の設定まで、入管庁がすべてを担ってしまっている。これは他に例がないくらいまずいシステムだと思います。

SIO 鈴木:日本の難民認定率は他の国に比べて極端に少ないとなんとなく知っていたけれど、石橋さんのお話を聞い て、政府案の問題点と野党案が求める改善点が理解できました。その野党案の内容を反映させて国際基準にもっていくために市民がどういった行動していけばいいでしょうか?

石橋:今日はたくさんの方にスペースでお聴きいただいています。これを聴いてる方は関心をもっていたり、去年の入管法改正案の際に行動された方が多いと思います。 長年にわたって支援をされている市民の方々はよくご存知の通り、この問題はずっと存在した問題です。 国際的な基準に従って庇護申請者を保護してこれなかった。そして、ここ10 年で明らかに基準を厳しくして、追い返す方針を徹底するようになった。でも世間にはなかなか知っていただけてなかった。 それで放置されてきたことが、政府がいいようにやる状態を長らえてしまったと思っているんです。

さきほどウィシュマさんの話をさせていただきましたが、ウィシュマさんのケースが一回目ではないんです。 この何年もの間で17人が亡くなっている。中には自ら命を絶った方もおられる。12 年間国会活動をする中で収容問題について取り上げさせていただきましたが、牛久(*東日本入国管理センター)でも残念ながら何人も亡くなられていて、その度に入管を追求してきました。 けれども、残念ながら入管の報告書は中身や対応策のないもので、結局はこういったことが続いてきてしまった。

FU 春日:野党案は、支援をするなかで「なんでこうじゃないんだ」と当事者から言われていたことがひとつひとつクリアできるような案になっていると思います。

石橋:このアムネスティの件は非常に大事なポイントで、法案を議論していたときにいろんな検討をさせていただ いたのですが、法制局といろんな議論をした際に、いわゆるオーバーステイ(在留資格が切れた状態)の人 については、アムネスティ(在留資格の正規化)をしておかないとオーバーステイの罪はずっと残ってしま うと指摘を受けたのです。 どうやってこれをクリアするかと考えたときに、色々な手法がある中で、一旦アムネスティでオーバーステ イの問題を消しておこうということで議論をさせていただいた。 ご指摘いただいた通り、きちんと在留資格を得ていただいて、それで就労が可能になったり、いろんな支援 を受けたりしていただく。これもひとつの大きなポイントであろうかと思います。

FU 春日:2022年版のものは 2021年版よりブラッシュアップされていると伺いました。具体的にはどの部分が変わったのでしょうか?

石橋:昨年、法案を提出した後にウィシュマさんの事件がおこってしまって、その後いくつか支援団体、弁護団の 方々と話をしました。その中でわれわれの法案もブラッシュアップする必要があるのではないかと提案を受けたんですね。一緒に法案を作らせていただいたみなさんからの建設的なご指摘を真摯に受け止め、政府案廃案以降にもう一度議論をし、何点かブラッシュアップをして再提出しました。

FU 春日:前回の野党案に比べ、より取りこぼしがないようになっているということですね。

石橋::はい。これはわれわれの強みなんですが、一貫して支援者や弁護団の話を聞いて、現場の状況を踏まえた問 題提起を検討して盛り込んで、本来保護されるべき人が取りこぼされることがないようにしています。 補完的保護が必要な方々にも積極的に在留を認めていこうとする考えです。

FU 春日:立憲民主の「誰一人取り残さない社会」という理念が反映されているのがとてもよくわかります。

FU フィボナッチ比率を作るものは何ですか 長島:入管法廃案の過程で市民とのつながりが強まったという意識はありますか?

石橋:みなさんの怒りや問題意識の高まりに後押しをいただき、最終的に廃案に追い込みました。 われわれは入口段階から、現行の不条理について市民支援団体の声をお聞きして進めてきていたけれど、昨年の廃案に追い込む中でより連携協力体制が深まったということを実感しました。すごくいいやりとりをさせていただきました。市民の方々にプロセスに参画していただいたことは非常に大きかったと思います。

FU 長島:先程お話しにあった「アムネスティ」は在留資格を失った人に在留資格を復活させることですが、 日本はこれまでアムネスティの取り組みを全然してきていない?

石橋:そうなんです。現行制度はオーバーステイしたものをあたかも罪人であるかのように扱っています。 「罪人は罪人として」というスタンスを続けてきたこと、本来あるべき対応をしてこなかったことは大きな問題です。

FU 長島:難民懇では、入管法改悪案や(名古屋入管で亡くなられた)ウィシュマさんのことなどを国会の外で扱っていました。市民はその中で入管庁の「異常な」頑なさや隠蔽体質を見てきました。

FU 髙木:難民懇にきた入管庁職員には、まるで「ロボット」のような印象をもちました。

石橋:この 12 年間、さまざまな深刻な問題について各省庁とやりとりして、こういった経験は積んできてるんですね。かれらはやっぱりこれまでやってきたことを守りたい、正しいと信じ込んでいて、組織を守り抜くという姿勢がある。

SIO PAN:政府案と野党案は明らかに違い、野党案は人権基準で新しいビジョンを示しているんですね。 就労についてはどのように考えていらっしゃいますか?

石橋:原則収容せず、在留資格を得ていただくので、就労はできる設計になっています。 司法をかませて、やむを得ない判断とされたときにだけ収容する形になります。 判断を待つ間も就労可能に拡大する考えで案を出しています。 正式な難民認定が出る前も就労可能にする案なので、そこも政府案との大きな違いかなと思います。

FU 長島:選挙のあとに政府による入管法改正案が出てくることはほぼ確定だと言われていますね。野党案についてお聞きします。率直にいって、現在の国会の比率(野党の数)では通らないですが、それでもこれを提出することの意味について伺いたいです。

石橋:現実的に、数の力だけでいえば審議入りすら難しい状態です。 しかしこれによって、「本来あるべき姿」について考えてもらうことができます。 これが知られていない状態だと現行制度を元にパッチワーク的な議論をするしかありません。 そもそもの前提がまちがっているので、ぼくらは国際的な真っ当な制度を提示することで、こういうやり方 が当たり前だというのをわかってもらい、議論していただく、そのひとつのきっかけになると考えています。 フィボナッチ比率を作るものは何ですか 野党案を題材に議論していただき、問題を共有していただきたいです。 今後もしも政府からとんでもない案が出てきたときに、客観的に判断するための材料としてつかってもらえる、そしてこの野党案が政府へのプレッシャーになる、そういう意義があると考えてます。

FU 春日:「野党は批判ばかりで対案を出さない」 などと揶揄されることがありますが、この野党案のように「実際に(対案を)出してるよ」と言えるのは強いですね。

FU 長島:未来図があると伝えていけるのは大事ですね そこが市民と議員で一致しているのはとてもいいなと思います。

FU 春日: 現在野党からは移民政策に関連した法案が三つ出ていますが、どれも欠かすことのできない内容だと思います。衆院で提出された「多文化共生社会基本法案」、参院に提出された「難民等保護法案」と「入管法改正案」です。衆院で提出された多文化共生社会基本法案についてはどのようにお考えですか?

石橋:この「多文化共生基本法」ですが. じつはこれも僕が関わって作っています。 これまで党の中で責任者を務めてきた「多文化共生を考えるプロジェクトチーム」の座長をしてきたんです が、そこでずっと議論してきたんですね。

提出した法案の三つの柱は「セット」だと考えています。 今日は難民についての話ですが、難民の問題だけでなく外国人の方々への基本的な姿勢に問題があって、そ れは技能実習制度の問題であったりもして、重大な人権侵害として勧告を受けたりしている。 外国人の皆さんの人権を尊重していくために、三本の柱で議論してきたんです。

今回、多文化共生社会基本法案を提出させていただきましたが、すでに日本には多くの外国人労働者生活者 の方々がおられます。 しかし、これまできちんとした権利の保護や、生活の確保、子供たちの教育の保護などの「国としての対応」がとられて来ませんでした。 これをやらないと、日本での人権侵害はなくならないし国際的な批判も受け続けます。 あるべき日本社会の姿を追及することもできません。

なので、まず僕らは多文化共生社会を最初に検討しました。 そしてこれを基盤に外国人の方々の就労制度・雇用制度のあり方を考え直すと、技能実習制度はやはり立ち行きません。 根本的な欠陥があるのでこれを廃止して、外国人労働者の方々に関しては労働者としての権利が守られる状 態で安心して就労していただこうということで、外国人労働者の「雇用就労法案」というのも今準備しています。ちゃんとした雇用就労制度を設けて労働者としてきていただけるようになれば、経済目的での難民申請を大きく減らすこともできます。

そういった点を踏まえて、僕らは外国人労働者の雇用制度を合わせて3つの法案を出しています。3 点セットで進めていくことで、恥ずかしくない難民認定制度を進めていくと同時に、安心して外国の方々に来ていただき日本の社会や経済を担っていただける体制を作っていけると思っています。 現在はこの三本セットを実現するために取り組みをさせていただいているところです。

FU 春日:よく分かりました。「三本柱で」というお話をお聞きできてよかったです。

石橋:特定技能を作った時の入管法の議論の時(2018年)に、これはなし崩しにやるのではなく多文化共生社会を実現する制度の方を先行してやるべきだと国会本 会議で強く訴えていました。 フィボナッチ比率を作るものは何ですか もっと以前の技能実習制度の政府案のときにも、「制度の適正化を図らないままに実習生の数だけどんどん 増やすと、人権侵害の拡大が懸念される」と論陣を張らせていただきました。 ずっと抜本的な改革を求めてきましたが、政府がやらないのならば、僕らがそれに先んじて提案させていた だこうと考えて準備をさせていただいたという経緯があります。

FU 髙木:今後「ウクライナからきた避難民のためには与党案を成立させるべき」というロジックが展開されると予想されますが、それに対してどのように野党案をアピールしていくのがいいでしょうか?

石橋:現在、ウクライナでの戦争で多くの方々が難民として各国に逃れてきています 国際社会と連携して保護することが重要だと考えていますが、政府はこの期に乗じて入管法改悪案を進めようとしています。

これまで日本政府は補完的保護を求める人たち(* 戦争から逃れてきた人たち)を難民とは認めてこなかったんですね。 フィボナッチ比率を作るものは何ですか アフガニスタンしかりシリアしかり、昨年来ミャンマーしかり、「難民条約上の該当性がない」として難民 ではないといってきた。「政府案が成立していればウクライナ避難民も適切に保護できる(できていた)」という主張は、「ためにする議論」ではないかと指摘されています。

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は戦争 / 紛争 / 内乱地域の迫害を受けている人も難民および補完的保護対象者として適切に保護するよう求めています。 野党案では、その人々も明確にその対象となる建て付けとなっています。

読み方をわかりやすく解説 貸借対照表とは?

貸借対照表(例)。表の左には資産、右には負債と純資産が記載されている。資産は会社の全財産である資産、負債は借金、純資産には自己資本が記載されている。なお、資産=負債+純資産なので、左右の合計額は必ず一致する。

資産とは、法律上資本にすることができる全財産であり、土地・家屋・金銭などがこれに当たります。

多くの場合、資産は流動資産・固定資産に分けられます。ほかに、すでに代価の支払いが完了した、もしくは支払義務が確定したが将来の会社運営において効果を発揮し続ける、繰越資産があります。

流動資産は1年以内に現金にできる

流動資産は資産の中でも1年以内に現金にできる、もしくは商品生産や販売のサイクルの中で生まれるものをいい、実質的な会社の運営資金といえます。貸借対照表では、流動資産は固定資産の前に記します。

固定資産は長期間使用するため現金化しにくい

固定資産は資産の内でも1年以内に現金にできず、すぐには会社の資金にはならないものをいいます。

【負債】…会社の借金あるいは預り金

負債とは会社の借金または一時的に会社が他人から調達した資金で、法律上返済の義務があります。負債は、どのような形で会社の運営資金を得ているかを表します。

流動負債は支払い期限が1年以内の借金

流動負債とは支払い期限が1年以内の借金をいいます。

固定負債は支払い期限まで1年以上ある借金

固定負債とは支払い期限まで1年以上ある借金をいいます。

【純資産】…資本金や利益剰余金

純資産は資産から負債を引いた実質的な財産であり、会社が返済不要の資金をどの程度持っているかがわかります。 純資産が多いほど、安定している といえます。

貸借対照表のわかりやすい読み方解説

貸借対照表からは会社のさまざまな状況が読み取れますが、知りたい情報によって確認する項目が変わります。

【自己資本比率】…会社の安定性がわかる

会社経営の安定性 が知りたいのなら、まず 自己資本比率 を確認しましょう。

自己資本比率は資産のうち、どのくらいの割合を資本(純資産)が占めているかを表したもので、数字が高ければ高いほど、会社の経営が安定していることになります。

【流動比率】…会社の支払能力がわかる

会社の支払能力 を知るための鍵となるのが 流動比率 です。

流動比率は 流動資産が、流動負債をどれだけ上回っているかを表します。 一般的には200%以上が理想、120~150%を越えていれば健全な経営、100%を下回っていると支払いが厳しい状況といえます。

【当座比率】…支払能力を厳しくチェック

さらに厳密に支払い能力をチェックするには 当座比率 を知る必要があります。

現金および預金、売掛金、受取手形、短期保有の有価証券など、流動資産のなかでも特に換金しやすい勘定科目を当座資産といい、当座比率は流動負債に対する当座資産の割合を指します。分母の数字が小さいため、流動比率よりも数字が大幅に低くなるのが一般的です。

コラム:損益計算表とは? 貸借対照表との違いは?

損益計算表は細かい項目に分かれており、企業が一定期間にどのように費用をかけて利益を得たかがわかります。

一方、貸借対照表は、決算日時点での会社に溜まった資産(ストック)に着目して作られています。そのため、細かく利益の出ている項目はわからない代わりに、会社の財産が自分のもの(資産)なのか、他人から借りたもの(負債)なのかの差が明確にわかります。すなわち、会社の経営状況がより正確に把握できます。

イタリア発の食運動「スローフード」とは? 食を楽しむことから始まるサステナビリティ

イタリア発の食運動「スローフード」とは? 食を楽しむことから始まるサステナビリティ

スローフードは、1980年代にイタリアのカルロ・ペトリーニたちによって始められた食の社会運動だ。今では日本を含む世界160カ国以上に広まっており、「おいしい、きれい、ただしい(Good, Clean and Fair)食べ物をすべての人が享受できるように」をスローガンに、さまざまなプロジェクトを行っている。スローフード協会本部のスタッフであり、日本での活動にも深く関わってきた立命館大学食マネジメント学部の石田雅芳教授に、サステナビリティがより重要になる今後の“食”について聞く。

〈この記事のポイント〉 フィボナッチ比率を作るものは何ですか
● 1980年代「食のグローバリゼーション」が発端に
● 「おいしい」「きれい」「ただしい」がキーワード
● 現代人が「食」に使うコストを考える
● フィボナッチ比率を作るものは何ですか 高価なパンツは“自分の体の一部”には決してならない
● 日本からも60種以上が登録される「味の箱船」

始まりは「地域の食文化を守る」ことから

スローフード協会が始まった歴史的オフィス

スローフード協会が始まった歴史的オフィス

スローフードは当初、地域の食、伝統や文化を楽しむスローな生活スタイルを守る取り組みとして始まった草の根活動であった。そして現在では、食を「地球、人々、文化、政治といったさまざまな要因が織りなすもの」ととらえて、より総合的にアプローチする活動となっている。具体的には、消滅の危機に瀕した食の伝統を守るプロジェクト、国内外の各地にある食の伝統を集めるイベントや人的ネットワークづくりなどの取り組みが知られる。運動の発祥は、1980年代のイタリア。その背景には、どのような課題意識があったのだろうか。

「1980年代は、イタリアにとって『食のグローバリゼーション』が問題視され始めた時代です。イタリア人には昔から食べているものを非常に尊重するところがあり、自分たちの地域にある食材を守り、食べていきたいという情熱があります。それが食のグローバル化によって、ファストフードなどが流入してくるのを見て、食の物質主義的な動きに対して抵抗したいという気運が高まりました。それが、イタリアにおけるスローフード活動の出発点といえるでしょう」

「その取材で、スローフードの価値観や目指すものを知り、そのストレートさや潔さに感銘を受けました。スローフードが始まったのは、ワインやチーズで有名なピエモンテ州の『ブラ』という町です。ピエモンテの州都は冬のオリンピックが行われたトリノです。取材当時は、まだまだ田舎での運動という気配が残っていましたが、土臭い活動という印象はありませんでした。ブラは、国際的なフェミニストや著名な政治家などを輩出した町で、スローフードを率いていたカルロ・ペトリーニたちも社会活動家です。しかし、社会活動家だからといって堅苦しい雰囲気はなく、遊び心のある人たちだったのも、私の心を捉えたのでしょう」長いインタービューを終えて、『次の来る時にはスタッフとして来たい』と宣言した覚えがあります。

「おいしい」「きれい」「ただしい」 3つのキーワードが示すものとは

スローフードにはイタリア語で「ブオーノ(Buono,おいしい)」「プリート(Pulito, きれい)」「ジュスト(Guisto, ただしい)」という3つのキーワードがある。スローフードが求めるものや、活動の性格を端的に表わすキーワードといえるだろう。

立命館大学 食マネジメント学部 石田雅芳教授

立命館大学 食マネジメント学部 石田雅芳教授

「スローフードは最初から順調な成功をおさめ、1989年に国際協会を立ち上げたときにも、世界中から人がやってきたほどでした。世界から多様な価値観を持った人々が集まる状況が生まれる中で、『スローフードとは何か』という明確な表現が必要になってきたのです。そこで、スローフードが推奨する食のクオリティ、そしてクオリティのある食べ物を3つのシンプルな言葉で規定することになりました。
そのひとつがブオーノ。英語ではGood、『おいしい』ということです。これが冒頭にあるのは、食を語る上で五感に訴える心地良さが最も重要だという思いが込められているからともいえます。
プリートは英語のCleanで、清潔という意味。食品をつくることによって、環境が破壊されたりすることを志向しないという環境持続性を意味します。
最後のジュストは英語で言えばFair、つまり倫理性です。倫理的な意味で持続性を持った生産活動からもたらされたものを志向するという意味になります。たとえば、食品を生産している人が二束三文で働かされていたり、奴隷のような身分だったりすることは許されないし、そうした状況で生み出される食品を求めないということになります。
スローフードは、持続性のある方法でよきグルメでありたいということであり、その世界的な持続システムを考えるということになると思います」

スローフードは現在の食ビジネスを否定するものではない

「スローフード運動が生まれた当時、私たちの活動は『食のグローバル化を否定している』と見られがちでした。ワシントン・タイムズに、『イタリアでマクドナルドを駆逐する運動が生まれた』とセンセーショナルに書かれたこともありました。しかし、スローフードはファストフードやコンビニエンスストア、Uber Eatsなど、現代の食関連ビジネスを否定するものではありません
『きちんとしたものを食べる習慣を身につけ、持続性のある方法によって幸せに暮らす』という生き方を認識しようということなのです。例えば、きちんとした方法で生産された食品は少し高めのものになるかもしれません。しかしそれは、金額的に見ると数十円、数百円といった差でしかありません。私たちが日ごろ支払っているガソリンやインターネット、携帯電話などの料金を考えれば、わずかな額といえるのではないでしょうか」

スローフードは身になるが、高価なパンツは“自分の外にある”

「アルマーニのパンツは、スローフードの創始者カルロ・ペトリーニがよくする話です。彼のお気に入りの生ハムは、ヴェネト地方のサンダニエーレで、美食家にも知られたものです。少し高価ではありますが、『サンダニエーレの生ハムを食べると、それはすぐに自分の体の一部になる。食べ物に使うお金を削って浮いたお金を、人々は一体に何に使っているのだろう?たとえばアルマーニのパンツなどを買っているのではないだろうか?アルマーニのパンツは何年はいても、ずっと体の外にあるのに!』というのです」

自分が使うことのできるお金の中で、食が占める比率を高め、「おいしい、きれい、ただしい(Good, Clean フィボナッチ比率を作るものは何ですか and Fair)食べ物を選択すること。そのような行動が浸透することで、結果的に地産地消や地域の食文化やアイデンティティを守ることにもつながり、自分たちの幸せにも結びつくというのがスローフードの考え方といえる。

スローフード協会にある歴史的レストラン「ボッコンディヴィーノ」のパンナコッタ

スローフード協会にある歴史的レストラン「ボッコンディヴィーノ」のパンナコッタ

大切なのは、食を楽しむ姿勢と情熱

スローフードの代表的な取り組みに、「味の箱船(ARK OF TASTE)」というプログラムがある。絶滅危惧食材を選定し、生産や消費を守って食の多様性を守るというもので、日本からも多くの食材が登録されている。

味の箱船、通称『アルカ』は、現在も世界で1万個の保護食材をリストアップしようという運動として継続しています。現在世界中で5000を越える動物、果物、野菜の品種と加工食品などが登録されています。日本でも、ニホンミツバチ、八丈島のくさや、山形県米沢市の雪菜をはじめ、全国の64種類の食材が登録されています。
『スローフード・アワード』は、「食の多様性のヒーローたち」を表彰するというイベントでした。スローフードが世界に広がると、各地からそれぞれの地域に根ざした食材の情報が寄せられるようになりました。そこでわかったのは、地球のバイオダイバーシティを守っているのは、大食品企業や多国籍企業ではなく、世界中のささやかな生産者たちだということです。日本の古代米がアジア初の『審査員特別賞』を受賞したのは2002年で、日本でスローフードを知らしめる大きなニュースになりました」

スローフード協会の食品市「サローネ・デル・グスト」

スローフード協会の食品市「サローネ・デル・グスト」の様子。左は食マネジメント学部の学生と石田教授。右はベルガモットの生産者たち

必要なのは“感覚的な力”であり、食べ物をきちんと楽しむ姿勢が重要だと思います。『豪奢なもの』『特別なもの』ではなく、日常生活の中で『よりよいもの』『おいしいもの』を食べたいという情熱を持つこと。自分たちが食べているものに思いを馳せることが大切です。食べ物がもたらされてきた道のりや、生産者などに思いを馳せることができれば、食べ物はよりリアリティを持ち、単に消費するモノにはなりません」

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